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魚座に関する考察〜再び魚座に戻ってくる土星&海王星がもたらすものとは

今年牡羊座入りを果たした土星が逆行をし始めて、9月に一旦魚座に戻りました。そして同じく牡羊座入りした海王星もまた逆行を開始し、10月には再び魚座に戻ります。この土星と海王星は、2026年の年明けまで魚座に滞在し、今後限りなく近いコンジャンクションを形成していきます。

 

さて、この期間は私たち一人ひとりにとって一体どんな期間になるのでしょう。今回はその考察にあたり、そもそも魚座とはどんなサインなのか?という話を中心に、ブログにしてみました。

魚座とイマジネーション

まず、太陽サインを魚座に持つアーティストは決して少なくありません。それもそのはず、皆さまご存じのように、魚座というサインは人の心や精神性といったような見えないものを捉える質や夢・イメージといったことと関わるので、そのようなものを表現する方法としての、絵画や詩や音楽や映画といったような芸術との親和性が考えられます。

 

太陽サインを魚座に持つアーティストとして、例えば米津玄師さんやチャゲ&飛鳥のASKAさん、芸術家の岡本太郎さんといった人たちがいたりしますが、彼らの作品は、非常に魚座的な質や世界観を感じさせます。

海のイメージ
どこまでも広がる海の世界。魚座の世界はまさに海。

映画「8番出口」と魚座

そんな魚座×イマジネーションとも関連する話ですが、先日映画「8番出口」を観に行く機会がありました。個人的に特にウォッチしていたわけではないのですが、街に出ると至る所にポスターやPR映像を見かける中で、二宮和也さんが主演らしいという前情報だけは持っていた私。知人に誘われるがままに久々の映画館に足を運びました。

 

ちょうど映画が公開になった直後の週末に観にいったのですが、映画館自体は比較的空いており、空気の薄い場所が年々苦手になりつつある私としては、快適空間の中で映画を観始めることに。

 

一方、本編開始から5分経ち10分経ちという時間の経過と共に、何だか観ているのがだんだん苦しくなってきました。登場人物の心理描写が絶妙なのか、(若干ネタバレになりますが)主人公が喘息持ちで呼吸をゼーゼーと言わせながら吸入器を使うシーンが度々出てくるせいなのか、観ている側も逃げ場のない息苦しい感覚に襲われ始め、この映画を選んだのは失敗だったかもとすら思いながら、入ってしまった手前と、とにかく粘り強く観続けたのです。

 

 

観続けること約90分・・エンドロールが流れる頃には、当初抱いた感覚は水の中に何かが溶けていくように薄れていき、この映画で見せられたものが、なるほどこういうことだったのかという自分なりの解にたどり着いていました。そしてここで初めてこの映画の監督があの川村元気さんである、ということを知るわけです。

 

魚座生まれの川村元気さん

さて、こんな前置きを披露しながら何なのですが、川村元気さんの作品は小説も含めてわりと好みで、以前から自然と手に取って読んでいました。最近は映画はもちろん小説も滅多に読まなくなったのですが、川村さんの小説はどこか自分の琴線に触れるところがあり、例えば「世界から猫が消えたなら」や「億男」「四月になれば彼女は」といった作品は手にとって読んでいました(今現在も、長年積読状態になっている別の小説が手元にあります)。ちなみにアニメですと、川村さん企画・プロデュースの「君の名は」や「天気の子」「すずめの戸締まり」といった作品は、監督の新海誠さんの名と共に広く知られた作品だと思います。

 

これらの作品に触れると、現実と非現実・心と心の境界線・目に見えるものと見えないものの間を行き来しているような、捉えどころのないような感覚を毎回覚えます。そして製作者の意図はもちろん、ストーリーの結末すらも、観た側一人ひとりの感性や解釈に委ねられているように感じる点が共通しているなと思うのです。

 

このような感覚が、一体どこから生まれるんだろう?とふと気になったため、僭越ながら川村さんのネイタルチャートを立てさせていただいたのですが、予想通り太陽星座は魚座、そして月は乙女座という組み合わせでした。しかも土星や火星など、魂の視点でチャートを読み解く上で重要になる天体や、ノード軸もこの2つのサインで形成されており、川村さんの作品全体にこれらの天体の影響がどことなく反映されている背景が理解できました。

 

魚座は水のサインなので見えない世界を扱っていきますが、乙女座は地のサインなので現実を扱っていきます。この太陽と月を持つ川村さんの作品の多くが、日常の中に存在するもう一つの側面である意識の世界にも焦点を当て、両者を行き来するようなストーリー展開によって構成されている点も非常にうなづけるところです。先ほどの映画「8番出口」の話に戻ると、観ている側まで苦しくなるような“主人公の深層心理の可視化”というのは、まさにこの太陽と月の織りなす一つの表現のあり方だったのだなと妙に納得しました。

乙女座と魚座の違い~境界線があいまいになる魚座

さて、魚座の話に戻りましょう。同じ軸を共有しているにも関わらず、乙女座の側から見た魚座というのは、本当に一見すると摩訶不思議なサインです。あまりに地に傾倒しすぎると、そのサインの持つ質や感覚を理解することはかなり難しい作業になると言わざるを得ません。

 

 

地は“分ける”という性質のため、物理的なものはもちろんのこと、人の感情と自分の感情も切り分けて考える性質があります。しかしながら、お水の世界というのは当然そうではありません。特にその中でも魚座は水のサインの4番目、12サインの中でも最後のサインでもあるので、現実の中にありながらも見えないものから多くを感じ取り、あらゆるものを統合していくような世界観を持っています。

魚座と乙女座のシンボル
左が魚座、右が乙女座のシンボル。これらは相対する関係性にある。

身近で見かけた魚座の知人のケース

これにちなんだ一つの例ですが、以前私の知人が、地の強い私からすると驚くべき話をしてくれました。ちなみに彼は太陽も月も魚座というチャートの持ち主です。何かの話の流れで家で仕事をすることが苦手なのだという話になり、なぜなのか?と理由を聞いたところからこの話になりました。

 

知人がコロナ禍のロックダウン中に、一時的に仕事がフルリモートに切り替わったそうです。それまでの仕事のスタイルは出社型でしたので、毎日大勢の中で仕事をするという生活をしていましたが、当時独身で一人暮らしをしていたこともあり、完全フルリモートになってから、ほぼ人と会わない日々を何日間か過ごしたそうです。

 

そんなある日、家で一人で仕事をしていると、身の回りの家具はおろか部屋全体も含めて、自分という存在が段々それらと同化していくような感覚になり「自分という存在そのものがあるのかないのかわからなくなった」そうです。

 

どうしてそんな感覚になるの?!と私は全く理解ができなかったのですが、つまり、普段は自分の周囲に、自分とは別の存在であるAさんやBさんといった人たちが沢山おり、「その人たちを見ている自分がいるから自分はここに存在している」というように、自分を認識しているのだそうです。しかし、そのような存在が目の前にいない状態になると、自分を定義づけるものがなくなってしまうため、前述のような感覚になるのだと知人は言っていました。

 

 

それは確かに家で仕事をするのが苦手という次元を超えて、そもそも無理だなと思いました 笑(今は結婚し家族がいるので問題ないかもしれませんが)。しかしその一方で、まさにルーラーの一つが海王星である魚座の特質を、如実に表している事例だなとも感じたわけです。

海王星とギリシャ神話の神々

魚座のルーラの海王星は、ギリシャ神話ではポセイドンやデュオニソスといった神々に例えられますが、いずれの神も、一見すると人間の理解を完全に超えたセンセーショナルな出来事や事件を起こします。

 

例えばポセイドンは海の神ですが、彼が怒りを表すと海が揺れて嵐と津波が起きます。いくつかの出来事からこの神を猛烈に怒らせてしまった英雄オデュッセウスは、その一行の船を丸ごと破壊し押し流してしまうような大嵐に、何度も何度もさらされることとなりました。そして航海を開始してから故郷に戻るまでに、なんと20年間も海を漂うこととなりました。

 

また、デュオニュソスはワインの神ですが、人々が酒に酔い自我を忘れ、普段は押し殺していたような、人間の持つ本能的な部分を解放し、欲望のままに行動するようし向けていきます。また、彼の教えを否定する者たちを容赦なく陥れ、教えに忠実な狂乱した信者たちによって殺させたり、破壊行為を行わせるような混沌を引き起こします。この世的な善悪の概念や何が正しくて何が間違っているのか、ということがわからなくなるような体験を人間たちに与えます。

 

これらは海王星にまつわるエピソードですが、その海王星をルーラーに持つ魚座というサインの持つテーマや質を理解するにあたり、非常に参考になるものだと思います。

ポセイドンのイメージ
ポセイドンは三又の鉾を持っている。海王星のシンボルにも関連。

良いは悪いで悪いは良い

これは、かの有名なシェイクスピア作の戯曲『マクベス』の冒頭で、魔女たちが語る台詞です。数年前、太陽サインを魚座に持つ人が口にしたこの台詞を聞いたことがあったのですが、最近魚座について考えていた際に、同じ台詞を別の人の口から聞くことがあり、何やらハッとさせられるものがありました。

 

 マクベスにおいて、この台詞は予言的な意味として用いられているという解釈があるようですが、物事には両側面あること=善も悪も両方あって成り立っていること、状況や人が変われば両者は簡単に入れ替わるものでもあること、良いものも悪いものも全ては同じところから生まれていること、魚座的な世界観で言えば、全ての経験が許されていること、などが想起させられて、この世界の真理とも言える台詞だなあとあらためて思ったりしました。

まとめ~魚座で再び接近する土星と海王星

魚座というサインの全容を語るにはまだまだ長い尺を必要としそうですが、一先ず今回は、この摩訶不思議なサインの一側面について、最近思ったり考えたりしたことをベースに書き連ねてみました。

 

最後に。現行の天体についてですが、牡羊座にいた土星は逆行によって2025年9月1日に再び魚座に戻りました。ここからもうしばらくは逆行をし、2025年11月28日に順行へと戻ります。また、一度牡羊座入りした海王星も現在逆行中で、10月22日に魚座へと戻ります。

 

そこから来年の年明けまでの間、この二つの天体は魚座に滞在し、限りなく近いコンジャンクションを形成していきます。既に今現在において、社会的にも魚座×土星の影響と思われる現象が散見されておりますが、それらの一つひとつが決して良い悪いで判断できるものではないことに、私たちは意識を払わなければならないのだろうと個人的に思っています。

 

もちろん外で起きていることは自分の内側でも起きているので、もしかしたらこの期間に、自分の中に放置されていたような、自分にとって影になりやすい性質、出来れば蓋をしておきたいような側面、自分にとっての傷やコンプレックスとなるもの、などが浮上しやすくなるかもしれません。

 

最近私の師匠にあたる方から、その部分にこそまだ見ぬ自分のポテンシャルがあるのだと言われ、確かにそうだなと納得しました。両方あって一つであるものの片方しか見ていない、あるいは使っていない状態は、いつまで経っても100%の自分にはならないのだと、そのように捉えることができました。

 

皆さんはどうでしょうか。既に自分のどんな側面も100%受容できていて、もう準備万端!という方もいらっしゃるかもしれません。そうではなく、私と同じように、あまり自分の見たくない側面に対して十分に光を当てることをしてこなかった、という方もおられるかもしれません。そんな方々は、天体たちのサポートが得られるこの機会に、自分の中から浮上してくるものと丁寧に向き合ってみられると、現実的にも変化が起きるかもしれません。

 

それでは、また次回ブログでお会いしましょう^^

この記事を書いた人:

プー
三面観音プー

占星学士。人材業界大手企業等で培ったキャリアカウンセラーとしての知見を活かし、2021年から占星学をベースにした独自のカウンセリングやグループ活動を開始。のべ3,000人以上の転職サポートをした経験と占星学の要素を取り入れたセッションには定評がある。より詳しくは講師紹介ページをご覧ください。

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